
軽井沢15年|閉鎖蒸留所から残された、ジャパニーズウイスキーの原点
このウイスキーを造った軽井沢蒸留所は、もう存在しません。
浅間山の麓で1956年に蒸留を開始し、1976年には三楽オーシャンから国産初のシングルモルト「軽井沢」を発売。
しかし、蒸留は2000年に停止。その後、蒸留所は閉鎖されました。現在市場に残る「軽井沢」は、かつてそこで造られた原酒だけです。
今回の「軽井沢15年」は、その蒸留所が現役だった時代に世に出たオールドボトルです。
1976年、日本で最初に「シングルモルト」を送り出した軽井沢
現在のジャパニーズウイスキーでは、「シングルモルト」という言葉はごく一般的です。
しかし1970年代、日本市場の中心はブレンデッドウイスキーでした。
そんな中、三楽オーシャンが1976年に発売したのが「軽井沢」。
ジャパニーズウイスキーインフォメーションセンターの年表でも、「初のシングルモルト『軽井沢』」として記録されています。
なぜ、軽井沢のウイスキーは濃厚だったのか

旧軽井沢蒸留所の酒造りには、いくつか特徴的な要素がありました。
使用していた麦芽は、スコットランドから輸入したゴールデンプロミス。
浅間山系の水を使い、木桶で発酵。
4基の小型ポットスチルで蒸留し、シェリー樽を積極的に熟成へ使用していました。
特にゴールデンプロミスは、現在では収量などの理由から主流ではなくなった大麦品種ですが、かつてスコッチウイスキーでも高く評価されていた品種です。
そして軽井沢では、シェリー樽による長期熟成を組み合わせることで、濃い色調と力強いモルトを造っていました。
ボトル越しに見える深い琥珀色にも、当時の軽井沢らしいスタイルを感じられます。
蒸留が止まった2000年
軽井沢蒸留所の評価が大きく変わったのは、むしろ生産が終わった後でした。
蒸留所は2000年に生産を停止。
その後も再開されることはなく、2011年には閉鎖。残されていた数百樽の原酒は売却され、その後シングルカスクを中心に少しずつボトリングされていきました。
そこで世界のウイスキー愛好家が改めて注目したのが、軽井沢の原酒でした。
現在では長期熟成のシングルカスクや1960〜80年代蒸留のボトルが国際的なオークションに登場しています。
しかし今回の15年は、そうした「閉鎖蒸留所として評価された後の軽井沢」ではありません。
まだ軽井沢が現役のブランドとして売られていた時代の一本です。
ここに、このボトルならではの面白さがあります。
ガラス栓まで残る、当時の「軽井沢」
今回のボトルには、丸みを帯びたデキャンタ型のボトルと、透明なガラス製の替栓が付属しています。
現在のジャパニーズウイスキーのボトルとは少し違う、当時ならではの佇まいです。
そしてラベルには、
“Floral & Velvety”
という言葉。
現在では軽井沢というと「希少」「高額」といった側面が先に語られがちですが、このボトルが造られた当時は、もちろん未来のコレクターズアイテムとして設計されたわけではありません。
15年熟成のモルトウイスキーを、一本の商品として飲んでもらうために造られていた。
閉鎖後の評価を知っている今だからこそ、この当たり前だった事実がかえって新鮮に見えてきます。
まだ「伝説」になる前の軽井沢
1956年、浅間山の麓で始まった蒸留。
1976年、国産初のシングルモルト「軽井沢」の発売。
2000年、蒸留停止。
そして2011年、閉鎖。
現在の軽井沢に新しい原酒が加わることはありません。
だからこそ、この15年は単に「昔の高級ウイスキー」というだけではない一本です。
世界的なコレクターズウイスキーになる前、軽井沢がまだ現役だった時間が、そのままボトルに残っている。
それが、今この「軽井沢15年」を見る面白さです。
軽井沢15年 / Karuizawa 15 Year Old
日本・長野|軽井沢蒸留所|モルトウイスキー|15年熟成|720ml|43%
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