
山田硝子 江戸切子「山下白雨」|北斎の“黒富士”をグラスに
「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」と並び、葛飾北斎《冨嶽三十六景》を代表する一枚、「山下白雨」。
晴れ渡る富士の頂。
その下には黒く沈んだ山肌と、鋭く走る一筋の稲妻。
「白雨」とは夕立のこと。山頂は晴れている一方、山麓では激しい雷雨が起きている――静と動が一枚の中に同居することから、「山下白雨」は“黒富士”とも呼ばれています。
その北斎の名画を、江戸切子に置き換えたのが山田硝子の「山下白雨」です。
しかも、山田硝子が工房を構えるのも東京・墨田。
北斎が生まれた同じ土地で、その作品を現代のガラス工芸として表現する。
この土地のつながりから、「山下白雨」は生まれました。
晴天と雷雨。一つの富士にある二つの表情
北斎が描いた「山下白雨」は、富士山そのものは驚くほど簡潔です。
山頂には青空。
しかし視線を下へ移すと、山肌は漆黒へと変わり、その裾野には稲妻が走っています。
東京富士美術館は、この作品について**「静と動をあわせ持つ、富士の雄大さ」**を表現した一枚と解説しています。
山田硝子は、この浮世絵をそのままガラスへ写したわけではありません。
公式には、
葛飾北斎「山下白雨」を、山田硝子なりのアレンジでグラスに落とし込んだ作品
と説明しています。
色を残した部分と、透明になるまで削られた部分。
細く走るカットと、大きく開かれた透明な面。
その強弱によって、北斎の絵にある晴天と雷雨、静けさと激しさを連想させる構成になっています。
絵を再現するのではなく、切子の「色」と「線」に置き換えているところが、この作品の面白さです。
「黒富士」を、手のひらで見る
「山下白雨」の原画は、1830〜32年頃に制作された《冨嶽三十六景》の一枚。
「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」とともに、シリーズを代表する三作の一つに数えられています。
その大きな風景が、「山下白雨」では手のひらに収まる酒器へ変わります。
現在、山田硝子の公式ラインナップではクリスタルぐい呑みとクリスタルロックグラスが展開され、瑠璃、金赤、琥珀纏/瑠璃、琥珀纏/グリーンの4色が確認できます。
同じ意匠でも、色が変われば富士の見え方も変わる。
特に「山下白雨」のように、明暗の対比そのものが原画の重要な要素である作品では、色ガラスと透明なカットの境界まで含めて見比べたくなります。
北斎と山田硝子をつなぐ「墨田」
この作品で見逃せないのが、モチーフを選んだ理由です。
葛飾北斎は1760年、現在の東京都墨田区にあたる地域で生まれました。
そして山田硝子も、現在まで墨田区立花に工房を構えています。
山田硝子自身も「山下白雨」について、北斎が工房と同じ墨田で生まれた、その縁から生まれた作品だと説明しています。
単に「日本らしいから北斎を使った」というわけではありません。
同じ町で生まれた先人の表現を、約200年後の職人が別の素材で受け取る。
「山下白雨」という作品名には、そうした墨田のものづくりのつながりも含まれています。
三代にわたり、切子と花切子を磨いてきた工房
玻璃匠 山田硝子は、三代・約80年にわたりガラス加工を続けてきた墨田の工房です。
特徴的なのは、深くカットし研磨する江戸切子と、表面を浅く削って絵を描くように表現する花切子、両方の技術を受け継いでいること。
初代・山田智信から、山田輝雄、現在の三代目・山田真照へと技術が継承されています。
山田硝子が掲げているのは、「伝承と革新」。
古くからの文様を守りながら、自然や風景、日本文化を題材としたオリジナルデザインも制作しています。
北斎の浮世絵を江戸切子へ置き換えた「山下白雨」も、その姿勢がよく分かる作品の一つです。
絵を見るように、酒器を見る
「山下白雨」を知ったうえでグラスを見ると、単なる幾何学的な江戸切子とは少し違って見えてきます。
山頂の静けさ。
暗く沈む山肌。
その中を走る稲妻。
もちろん、山田硝子は「このカットが雷」「この部分が雲」と一つひとつを定義しているわけではありません。
だからこそ、北斎の原画を一度見てから、もう一度グラスを見るのも面白い。
約200年前の浮世絵と、現代の江戸切子。
二つを行き来しながら、自分なりに富士の姿を探す。
「山下白雨」は、酒を注ぐための器であると同時に、そんな見方のできる江戸切子です。
江戸切子「山下白雨」|玻璃匠 山田硝子
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